ドット抜け

不定期コラム Vol.127
2000/09/03更新

ここのところ、ThinkPad Clubで液晶ディスプレイのドット
抜けについてバトルが続いています。現在もThinkPad Club
の別館の掲示板で議論が継続中のようですが、私は面倒は
嫌いなので一抜けた、ですね。

色々な意見、立場のユーザーがいますから、見解の相違を埋
めるのは基本的には無理だと思います。この手の議論はどこ
まで行っても平行線を辿るだけでしょう。

私は企業ユーザーという立場です。会社の金でまとめ買いを
しますし、容認できるコストも性能と他社との比較で考えま
す。CPUや安定性には注意を払いますが、実質2,3年で使い潰
す道具という見方からでは、画面の精度に百パーセントの瑕
疵無しを求めてもねぇ、って感じです。

同時に購入するのは多くても一モデルで30台程度ですが、大
量に箱で納入される場合、事前にディスプレイのドット抜け
のチェックを行うのは不可能です。個人ユーザーが店頭でド
ット抜けを確認して買いたいというのは私に言わせれば我が
ままのようなものです。工業製品には常に生じるであろう誤
差がつきものです。これが計算通りにいかなければ不良品と
言えますが、製造工程上、どうしても無くせないドット抜け
が許容範囲内で有る場合は不良品とは言えないでしょう。

自腹を切って買われた方の心情は判らない訳でもありません。
ただ、少数の完璧主義者の要求を答えるためにおそらくは大
多数の現状容認派のコストが上がるのは他社との競走上、
あるいはThinkPadブランドの継続のためには問題が多いと思
います。

キーボードと並んでディスプレイはユーザーインターフェー
スの一番目立つ部位です。残念ながら100%ドット抜け無しを
要求するなら、事前に実物のチェックをやってくれるという
売り方をしているメーカー、販売店を探すか、ノートは買わ
ない事ですね。買った後で生じるドット抜けもあるようすし。
タイムマシンもあった方が無難なようです。携帯用途であれ
ば衝撃も加わるでしょうし。

色々なユーザーの色々な使い方、それとコストを勘案する中
で、最大公約数的な品質で製品が供給されるのは仕方無いと
思います。どこか他社がドット抜け完全保証を唄って、それ
が価格的に驚異的ならばIBMも対応するかもしれませんが、
現時点ではどうでしょう。

生産物にはどうしてもバラツキが生じます。これをどこまで
許容するかによって、不良品率は変動し、ひいては全体の
コストに影響します。

ドット抜けのある製品の不良品扱い、あるいは不買運動なん
てのは、多少のバラツキは容認する代わりに製品を安く、と
いうユーザーに取っては、自分の希望する価格での購入を
不可能にしかねない危険な冒険主義としか映りません。より
良い製品を求める行動のどこが悪いのか、という問いには
極端な理想主義は現実のバランスを崩す危険な行為なので
止めて欲しいとしか言えません。

TPにおいてはメーカーのIBMとユーザーの間には他のメーカー
に無い微妙な関係があります。HDDを交換していても他のパー
ツの修理を受けてくれるという事、ユーザーが直接部品セン
ターからパーツを取り寄せて修理する事ができる事などは、
ユーザーが例えば変にPL法を持ち出したりすれば、全てが吹
き飛んでしまう危ういバランスの上に成り立っています。
現在のバランスが必ずしも最良と言う訳でもありませんが、
この貴重な現在のバランスを今後も維持する事が肝要です。
ThinkPad Clubはメーカー寄りだ、という評を受けた事もあ
りますが、古くからのTPユーザーは現在のバランスがいかに
得がたいものかをよく知っているからこそ、それを一挙に破
壊してしまうような行為をしようとはしないでしょう。長年
醸成してきたものも壊れるのは一瞬です。

とは言え、メーカーのやる事をいつも受け入れているだけ
ではありません。近頃のTPの品質低下を危惧しての署名活動
集めやアンケートとかも行われてますし。IBMに妥当な働き
かけをすれば、きっと応えてくれる、という(甘いかもしれ
ませんが)期待感、信頼感もあります。

では、ドット抜け撲滅働きかけは妥当ではないのか? 私は
そう思います。むろん無いに越した事は無いのは確かです。
しかし、実際の使い勝手において多少の色違いの斑点が有っ
た程度でどの程度の支障が生じるのでしょう。グラフィック
処理などでは致命的かもしれません。しかしこの程度で死活
的な影響が出る程のグラフィック処理をやる人間がグラフィ
ック能力でデスクトップPCに劣るノートPCでするでしょうか。

私の会社では縦筋が3cmぐらい2本ピッと入っているサムソン
の15"外付け液晶ディスプレイや、移動の際に角にぶつけて
破れて映らなくなった小さな個所が有るメルコの液晶ディス
プレイとかが現役です。ユーザーには予算が厳しいからその
まま使ってね、で通してしまっています。さすがにコントラ
ストの調節が効かなくて明るくなりすぎて見にくいような場
合は液晶ディスプレイそのものを別のメーカーのものと換え
ますが、それ以外では多少の瑕疵は目をつぶっています。
現行で設置しているノートパソコン150台以上、液晶ディス
プレイ80台以上と数だけは有りますから、多少はドット抜け
マシンもあるはずですが、今までのところ、ユーザーからの
ドット抜けのクレームはありません。教えてなければこんな
もんじゃないでしょうか。自前の金で買った場合と、業務用
に支給された場合とでは見方、チェック、クレームへの執念
とかは違うのでしょうけどね。

私にとっての液晶の故障とは、多少のドット抜けや、通常の
画面では正常でも背景の色が変るとおかしいのとかではなく
て、サスペンドからの復帰で真っ赤になるとか、バックライ
トが切れた、といった場合です。何をそんなに一生懸命騒が
ないといけないのか私には理解できません。ドット抜けイコ
ール、欠陥というのも同様です。製造工程上、やむを得ず出
る場合があるとメーカーが言っているなら、それはそれで構
わないと考えます。無い方がいいですが、それによりただで
さえ悪い納期や、何より大事な価格に影響される方がもっと
問題です。木を見て森を見ないという奴でしょうか。

まぁIBMが保守マニュアルで明記しているレベルのドット抜
けがあれば交換を申し出るかもしれませんが。大量導入され
ている現場でどこまで液晶品質にこだわっているか疑問です。
確かに今の市場は企業向けより個人向けの方が勢いがありま
すから、個人ユーザーの意見も大切にしないといけませんが
原則論ばかりで落し所を言わない原理主義者の言うことまで
聞く必要は無いでしょう。それなりに改善されていけばいつ
かは判ってくれるかもしれませんし。受け入れる余地が無い
人間に付き合っても時間の無駄です。

理想は理想、現実面でどこで妥協するかを考えないと技術は
先に進みません。昔のTP330CsのDSTNカラー液晶はひどい品質
でした。それでもカラー化された液晶が初めて普及機に搭載
されたこともあって、ありがたく導入しました。WIN31時代
ではさすがにDOSのようなモノクロ世界では辛いものがあり
ましたから。その後TP360Cs、340CSEとDSTN液晶の品質はどん
どん良くなり、最終的にはTP560X 2640-60JのHPA液晶でDSTN
液晶の品質は一つのピークに達したと思います。品質がTFTに
比べて悪くても、価格的に折り合えば市場は存在しますし、
そうやって継続的に買うユーザーがいるからこそ、新しい製
品も出てきます。絶対に認められないと言って完璧なものだ
けを求めるような市場だけであったら、技術進歩もカラー化
も今よりずっと遅れていた事でしょう。

超高品質にこだわった製品が売れる市場は億ションのように
存在しますが、低価格競争が続く耐久消費財でどこまで高品
質化に見合った価格が設定可能かは判りません。高くても買
うと言っているユーザーが実際に、では100万なら、と言わ
れた時に本当に買うのか疑問です。法人向けでは特に大量導
入の現場ではそんな価格設定はナンセンスです。

小さなパイと大きなパイ。どちらを優先するかは企業の考え
る事ですが、私としては小さなパイにこだわって損失を大き
くした結果、大きなパイを作る事すらできなくなることを恐
れます。完璧な高品質と言えば聞こえはいいですが、果たし
てそれが商売になるかどうか。以前のTP700シリーズにそうい
う傾向があったのは事実ですが、時代は変わっています。

メーカーも日々品質向上には努力していると思います。しか
し生産が安定して習熟度が増すのに必要な期間を満たすほど
長寿命の液晶ディスプレイは生産されないかもしれません。
海外では13.3"は人気が無くて14"が主流とも聞いています。
早晩13.3"から14"への切り換えも起きるでしょう。その後は
15"、さらにはSXGA+、UXGAという具合にドット抜け改善の
ための生産習熟が可能な程には落ち着いての生産は行われな
いと思います。こういう技術的背景を考えれば、現時点での
ドット抜け完全達成と言うのは無茶な要求でしか無いように
私には思えます。

私が危惧しているのは一部の原理主義者が声高に騒ぐことで
現在のまぁまぁうまく行っている良い感じが崩壊する事です。
自分の立場を守るためには発言せざるを得ず、それが多数派
なら傍目には袋叩きに遭っているように見えるかもしれませ
ん。でも妥協を受け入れてくれない危険な原理主義を貫くの
であれば仕方ないでしょう。己の信じる方向と違う、私にと
って誤った方向に持っていかれると困る訳ですし。

過剰なまでの品質維持に注力し、その結果高コストになった
日本製品は台湾、韓国といった国で主流の生産コスト重視で
完璧を求めない、許容範囲で妥協する生産体制の前に一敗地
にまみえようとしています。グローバル化の進展で同じ土俵
で競争するのであれば、ある程度の妥協も必要でしょう。
度が過ぎた品質要求(と私には思えますが)までは不要だと思
います。メーカーは許容範囲の中で最大限努力してくれれば
良いと思います。手を抜け、というのではなくて、国際的に
妥当な水準を守ってくれれば、という事です。さすがに日本
品質と言えども液晶のドット抜け完全撲滅を大量にやる事は
できないでしょう。初期TP240のKB不良は国際品質に達して
いなかったと思います。

完璧を求めるのを悪いこととはいいません。でも、そのため
今の数倍の価格が容認できますか。完全品質で低価格という
のは現時点では無い物ねだりでしょう。ドット完全撲滅の理
想論は現実離れした机上の空論のように感じられます。

と、以上、ThinkPad Clubに発言した内容の拾遺と、
修羅場であまりかかわりたくない内容なので、ここで
ほざいておくだけにします。

TPの品質向上署名にも協力しましたけど、ドット抜け
完全撲滅という方向はあまりにも近視眼的な動きの
ように感じられて共感できません。ThinkPad Clubでも
少数派になっているというのは、分別があるユーザー
が多いというか。メーカーに近いのではなんて勘違い
している人もいるようですけど、ま、世の中色々な考え
方があります。でも、原理、原則ばかりじゃ息が詰まる
世の中になっちゃいませんかねぇ。使ってナンボがパ
ソコンの世界の原則です。目の前の小さな斑点の数
に一喜一憂するより、いかに使い込むかにエネルギ
ーを向けた方が健全だと思いますよ。


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